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長崎地方裁判所 昭和45年(ヨ)9号 判決

申請人 亀屋和明 外二名

被申請人 三菱重工業株式会社

主文

一、被申請人は、申請人らの被申請人に対する雇傭関係存在確認等請求事件の本案判決確定に至るまで、申請人らを仮にその従業員として取扱え。

二、被申請人は

申請人亀屋和明に対し金八七五、〇〇〇円を

同山口利之助に対し金一、〇九六、五〇〇円を

同山口明彦に対し金一、二七五、〇〇〇円を

それぞれ仮に支払え。

三、被申請人は申請人らに対し、昭和四七年二月一日以降本案判決確定に至るまで、被申請人会社の就業規則その他賃金に関する諸規定に従つて定まる賃金を、各支給定日に仮に支払え。

四、申請人らのその余の申請を却下する。

五、申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、申立

(申請人ら)

一、被申請人は、申請人らの被申請人に対する雇傭関係存在確認等請求事件の本案判決確定に至るまで、申請人らを仮にその従業員として取扱い、かつ

(イ) 申請人らに対し、昭和四四年一二月二八日以降昭和四六年一〇月末日まで別表1、2、3のとおり、昭和四六年一一月以降は月額申請人亀屋和明につき六六、九六四円、同山口利之助につき六六、〇九七円、同山口明彦につき六七、八四七円の賃金を毎月二〇日に、

(ロ) 申請人山口利之助に対し二五、五七〇円、同山口明彦に対し二六、四五〇円を、

それぞれ仮に支払え。

二、申請費用は被申請人の負担とする。

(被申請人)

一、申請人らの本件申請はいずれも却下する。

二、申請費用は申請人らの負担とする。

第二、主張

(申請人らの主張)

一、申請人らの経歴・地位ならびに処分の存在

(一) 申請人らは共に被申請人会社の従業員として、申請人亀屋和明は昭和三四年四月六日から、同山口利之助は昭和三六年四月一日から、いずれも同社長崎造船所第一機械工場に、同山口明彦は昭和三二年四月四日から同造船所機装工場に、それぞれ勤務し、申請人三名とも同造船所従業員を中心として組織する全日本造船機械労働組合三菱重工支部長崎分会に所属してきたものである。

(二) 申請人らは、昭和四四年一〇月二一日国際反戦デー当日東京都内で開かれた反戦集会に参加するため、同月一八日それぞれ同月二〇日から二二日までの間事故欠勤する旨の欠勤届を各所属上長に提出して同集会に参加したところ、申請人ら三名とも警察官に逮捕され引き続き勾留されることになつたため、同月二三日以降の出勤が不可能となり、同僚の荒川澄を通じて同日付で各所属上長にその旨欠勤届を提出し、その後も弁護人を通じて同趣旨の欠勤届を提出したが、申請人山口明彦、同山口利之助は同年一一月一二日に不起訴処分に附されて釈放されたので同月一五日から後記のように被申請人が就業を禁止するまでの間就労し、申請人亀屋和明は同年一二月二四日保釈により釈放されたので同月二八日以降就労が可能となつた。

(三) 申請人らは、昭和四四年一二月二八日被申請人会社長崎造船所長末永総一郎より、前記東京都内における反戦集会に参加し、かつ逮捕・勾留されたことが被申請人会社長崎造船所就業規則(以下単に就業規則という)第六四条第一項一三号の「刑罰法規に定める違法な行為をしたとき」に、およびこれにより申請人亀屋和明は同年一〇月二〇日から同年一二月二七日まで五八日間にわたり、同山口利之助、同山口明彦はいずれも同年一〇月二〇日から翌月一四日まで二二日間にわたり、各欠勤したことが同条項一号の「正当な理由なしに無断欠勤連続一四日以上に及んだとき」に、それぞれ該当するとの理由で、懲戒解雇の通告を受けた。

また申請人山口利之助、同山口明彦は同年一一月一五日から出勤していたが、前記国際反戦デー参加の理由をもつて同日から同年一二月一五日までの間の時間外労働を禁止され、かつ翌一二月一六日から右解雇通告を受けるまでの間の就業を禁止された。

二、処分の違法性

(一) 就業規則第六四条第一項一号の趣旨および適用

1 使用者と労働者の関係は、労働契約に基く労務の提供とこれに対する賃金の給付を中心とした債権・債務の関係であつて、欠勤とは右債権・債務関係の一時中断であり、法律的には労働者側の債務不履行を意味するものである。従つて、これに対しては、賃金の不支給、成績査定への悪影響等の不利益、あるいは極端な場合労働基準法に基く予告解雇(労働契約の解除)などの債務不履行にともなう効果がもたらされることはあつても、欠勤自体が直接懲戒解雇の原因となるものでないことは右欠勤の本質から当然窺われるところである。ただ、企業は多数の労働者を生産過程に有効適切に配置し、使用者の予定した定量労働によつて日常の生産活動を維持し、遂行することに重大な利害関係を有することから、欠勤が、使用者において事前に予測されず事後に遅滞なく知らされないため欠勤によつて不足した労働力につき速やかに補充、変更等の対策を講ずることができず、ひいて企業の日常の生産機能を維持することができないような方法でなされる場合(この典型が無届欠勤)、始めて懲戒問題が発生しうるのである。そうした事業上の正当な理由なしに被申請人が主張するように、欠勤について労働者個々の欠勤理由に立ち入つて債務不履行上の不利益のほかに制裁・懲戒の対象とすることは不当であり、従つて、懲戒事由を定めた本号にいう「無断欠勤」とは「無届欠勤」のみを意味すると解すべきである。もつとも本号に該当する事実があつたとしても、それだけで直ちに懲戒解雇が適法となるのではなく、それが社会通念上相当であること、すなわちその無断欠勤が社会通念上解雇されてもやむを得ない程度に悪質かつ重大である場合にはじめて適法となると解すべきであつて、このことは本項各号につき共通である。

2 本号を右のように解釈するならば、申請人らは前記一の(二)のとおりそれぞれ各所属上長に欠勤届を提出しており、本号に該当する事実は存しない。

被申請人は、申請人らの昭和四四年一〇月一八日付欠勤届につき、欠勤の理由が虚偽であるから無効であると主張しているが、被申請人が主張するように労働者の欠勤が会社の業務に支障をきたすのは、欠勤の理由ではなく欠勤それ自体であつて、前記1のとおり使用者は欠勤についてその具体的理由に立入つて懲戒の対象とすることはできないのであるから、右主張は理由がない。仮に被申請人の主張が正当であるとしても、申請人亀屋和明、同山口利之助については「旅行」、同山口明彦については「用事」という欠勤理由を表示しており、別にそれらが虚偽とは云えないばかりか、そもそも欠勤理由なるものは原則としてプライバシーに属することがらであるので、労働者は積極的にこれを第三者に公開ないし通知する義務を負わず、この程度の漠然とした欠勤理由の表示で十分である。

また、被申請人は申請人らが逮捕・勾留された段階での昭和四四年一〇月二三日およびその後の弁護人を通じての欠勤届も無効である旨主張するが、事故欠勤に関する就業規則第二一条第三項但書の趣旨からして、既に自己の意志によらずに欠勤を余儀なくされた申請人らが、その欠勤理由として「国際反戦デーの闘いで逮捕された」程度の理由を示せば十分であり、もし被申請人においてさらに詳しい事情を知りたければ欠勤届を提出した同行者からその経過を聴取し得たはずである。さらに右欠勤届に所在地が明らかでないというが、欠勤届作成の段階でも逮捕された段階でも、申請人らにも自身の所在地は不明であつたし、欠勤期間に至つては逮捕・勾留されている申請人らがこれを明示することは不可能であつた。

3 被申請人は本号の解釈につき、就業規則第二一条第三項前段に事故欠勤の際は所属上長の許可(事実は認可)を得なければならないと規定されていること、従業員就業規則細部取扱の第八項に無届欠勤および無許可欠勤は無断欠勤とするという文言が存することを根拠に、本号の無断欠勤には無許可欠勤も含まれ、申請人らの前記欠勤届については所属上長が許可を与えていないので申請人らの欠勤は本号の無断欠勤に該当すると主張する。しかし、この主張が前記1のとおり不当であることはもちろん、被申請人会社長崎造船所においては、従前から一貫して事故欠勤については届出方式がとられてきているのが事実である。また、前記従業員就業規則細部取扱なるものはその立案・実施に至るまで申請人らの所属する全日本造船機械労働組合三菱支部も全く関与しておらず、同長崎分会の従業員にも全く周知徹底されていないのでこのような規定を有効とみなすことはできない。

ちなみに、労働者の生活に重大な影響をもたらす懲戒条項はすべて労使間の労働協約(第二七、二八条)として締結されたものがそのまま就業規則(第六三、六四条)に転記されたものであつて、無断欠勤を含むその解釈は労使間の協議事項であり(労働協約第七四条)、今回の如く今日まで長年の慣行と組合の反対をふみにじつて被申請人のみで一方的に解釈・実施できるものではない。被申請人は無許可欠勤も無断欠勤に含まれると解すべき理由について縷々主張するが、要するに労務の給付対報酬を基軸とした使用者と労働者の債権・債務関係では、賃金の全部又は一部の支給を受ける休暇すなわち有給休暇を求める場合に承認願およびこれに対する許可が必要であるとすることは当然であるが、賃金の支給を受けないことを覚悟して休む欠勤については届出だけで十分であり、これに対して許可・不許可の概念を介入させる余地はない。もつとも届出さえすれば欠勤に制限がないというのではなく、長期にわたれば就業規則第六五条第三項による予告解雇か、場合によつては同第六四条第一項二号の「出勤常ならず」による懲戒解雇かによつて解雇されるのは別論である。

4 仮に無許可欠勤が本号の無断欠勤に該当するとしても、申請人らは「連続一四日以上」にはおよんでいない。けだし、被申請人が申請人らの欠勤届を「不許可」と決定したのは昭和四四年一二月一五日であり、労働者の事故欠勤理由如何によつて使用者に許可・不許可の権限があるとしてもその効力は将来にのみ及ぶと解すべきであるので(そのように解さないと欠勤届を出した労働者はどうしたらよいか判断できない)、申請人山口明彦、同利之助については全く無断欠勤はなく、申請人亀屋和明については昭和四四年一二月二八日以降は就労が可能であつたにもかかわらず被申請人によつて就業を禁止されたので、右不許可決定の日から一二月二七日までの間休日を差引いた一二日間しか無断欠勤をしていない。

(二) 就業規則第六四条第一項一三号の趣旨および適用

1 本号の趣旨は、刑事法上の罪を犯したことそれ自体が問題なのではなく、それが具体的に会社の利益または職場秩序を侵害した場合にはじめて懲戒解雇が許されるということにある。けだし、労働契約によつて結びついている使用者と労働者の関係は、場所的には事業場内、時間的には就業時間内において展開されるのであつて、即時解雇に値するとされる重大な職務違反または背信行為もこのような意味で企業内の行為に限られるのが原則であり、企業外の行為あるいは私生活上の行為が即時解雇の事由とされるのは、その非行によつて会社に損害を与え、あるいは会社の信用を傷つけ、その他会社と労働者との間の信頼関係を損う等により、雇用関係を即時に消滅させることが已むを得ないと考えられるような場合に限定されるべきだからである。

2 申請人ら三名は、本号に該当するような違法な行為をした事実はない。申請人らは、前記一の(二)のとおり一〇月二一日の国際反戦デーの集会に参加するため同日午後四時四〇分頃東京都内地下鉄高田馬場駅改札口から地上に出たところを、警備の警察官に逮捕されたのであつて、その間警察官に暴力を振つたこともなく、ましてや火炎ビンを所持していたこともこれを投てきした事実もない。仮に申請人らの集団と前後した他の集団の中に火炎ビンを投てきした者があつたとしても、申請人らはこれと関係なく、懲戒は個人の行為を対象とし「個人責任の原則」が貫かれるべきであつて、連座制の適用はもとより許されない。

3 被申請人は、申請人らの行為が本号に該当するか否かの判定にあたつて、申請人山口利之助、同山口明彦については不起訴の決定がなされ、申請人亀屋和明については未だ第一回公判期日も開かれない段階で、捜査機関から入取した一方的な資料に基き、組合並びに申請人らの事情説明も十分聞かずに事実関係を認定し該当する旨の判定を下しており、これは懲戒手続における正義の原則を著しく欠いたものである。有罪判決確定以前に本号の事実を認定するには、本人の自白その他により犯罪事実の明白な立証がなされることを要するものというべきところ、申請人らはいずれも犯罪の成立を争つているのであるから、安易に本号の懲戒事由を認定すべきではない。仮に申請人らの行為が何らかの犯罪を構成するとしても、事業場外でのこれらの行為が具体的・現実的に被申請人に損害を与え、職場規律を乱したとの事実はない。

(三) その他の懲戒解雇事由について

申請人らの本件懲戒解雇に際して、労働協約に基く懲戒委員会で審議された内容および解雇通告に示された理由は前記(一)、(二)の二点であつて、その他の解雇事由はその後追加されたものであるから、本件解雇の効力を判断する場合本来無視すべきものであるが、以下に一応反論しておく。

1 就業規則第六四条第一項五号

申請人らの本件逮捕・勾留に基く欠勤が生産秩序を乱した事実はない。申請人山口明彦、同山口利之助の昭和四四年一二月二日および同月一九日の長崎造船所前における長崎地区反戦主催の集会参加および申請人らの就労要求の行為は申請人らの正当な要求を所属上長に主張したまでであつて、その集会および上長との面談は穏やかに行われ、何ら職場秩序を乱したような事実はない。昭和四六年一月六日以降の申請人らの行為は解雇通告後であるから本件懲戒解雇の理由とはならない。

2 同六号について

本号は被申請人会社の従業員に対する暴行・脅迫と業務妨害について定めたものであつて、企業外におけるこの種の行為については同項一三号をもつて論ずべきである。従つて、申請人らの反戦集会参加が他人に対する暴行・脅迫に該当するとしても本号の問題とならないばかりでなく、もともと前記一二月二日、一九日の集会は適法な大衆示威行動であつて脅迫にはあたらず、かつ被申請人の業務を妨害したこともない。

3 同八号について

本号の行為は、道徳的・社会的・法律的にみて不名誉な一切の行為を含むものではなく、その行為が客観的にみて企業の秩序乃至規律の維持又は企業の向上の相容れない程度のもので、これによつて会社の体面即ち企業者としての社会的地位・信用・名誉等が著しく毀損され、企業者にとつてもはや当該労働者との間の雇用関係の継続を期待し得ない場合を意味する。一介の工員にすぎない申請人らの本件反戦集会参加の行為が、一万数千名の従業員をかかえる長崎造船所あるいは八万二千名の従業員をかかえる三菱重工業株式会社の信用を失墜せしめた事実は全くない。

4 同一五号について

懲戒処分についても罪刑法定主義の原則が貫かれるべきであり、本号のような包括条項は特に慎重かつ厳密に解釈されるべきである。従つて、同一三号に該当しないものを本号を適用して懲戒事由に該当すると解するのは不当に懲戒事由を拡張するものである。

(四) 時間外労働禁止および就業禁止について

被申請人会社は不起訴釈放された申請人山口明彦、同山口利之助に対し、昭和四四年一一月一五日以降のすべての時間外労働を禁止したが、一般官公庁と異り時間外労働手当が生活賃金の重要な部分を構成している造船産業にあつては、右処分は深刻な生活危機をもたらし、労働基準法第三条および労働協約に違反する。また一二月一六日以降の就業禁止は就業規則第六四条第二項を根拠としているが、懲戒事由に該当したか否かを審議する懲戒委員会が開かれる前から一方的に就業を禁止したのは同項の解釈を誤つたものであり、また本項は労働協約第二八条第二項を転記したものであり、その解釈は労使双方の中央経営協議会の附議事項(労働協約第七四条二号)であるので、被申請人会社が一方的に解釈実施し得るものではなく、右処分は理由がない。

三、保全の必要性

申請人らは、被申請人会社から受ける賃金のみによつて生計を維持してきたもので、解雇の通告を受けた昭和四四年一二月二八日以降の賃金の支払いを受けず、被解雇者として収入の途を絶たれるにおいては他に生活の資を得ることは困難であつて、申請人らは本件解雇無効を理由に被申請人に対して雇傭関係存在の確認と同日以降の賃金の支払いを求める訴を提起しているが、右本案判決の確定まで待つていてはその生活の困窮によつて著しい損害を蒙ることは極めて明らかである。

(被申請人の主張)

一、申請の理由第一項の事実は認める。

二、同第二項はすべて争う。

(一) 就業規則第六四条第一項一号について

1 就業規則第六三条一号、本号および同細部規則第八項の無断欠勤には、無届欠勤、病気を理由とする連続七日以上にわたる欠勤で医師の診断書の提出のない場合の七日以降の欠勤のほかに、事故欠勤許可の条件を具備していない欠勤即ち無許可欠勤もこれに該当することが明らかである。けだし、近代企業は協業と分業によつて生産を行つており、ことに被申請人会社のような大企業において協業・分業関係が複雑に入り組み、さらに厳格に納期が決められている受注生産方式をとるところでは、労働日に社員が欠勤することは生産量の低下、納期遅延をもたらし、さらには工程の混乱を伴つて生産上非常な支障を来たすことになる。反面、従業員の個人的な事情もあつて、会社は従業員が年次有給休暇や無事故扱いで休む場合は殆んどこれを認め、さらには病気その他の不測の場合を慮つて私傷病欠勤、事故欠勤なるものを認め、もつて従業員の市民生活、社会生活を保障するため、右生産上の支障を敢えて受忍しているのである。しかしながら会社は事故欠勤につき正当な理由のない場合にまで生産上の支障を受忍する必要はないし、そもそもそのような場合、労働者は労働契約に従つて労務を提供するという誠実義務を破棄し、勤労意欲のないことを自ら示し、他の精励している社員に多大の迷惑を及ぼし、職場の秩序を乱すものである。従つて、欠勤については労使協議の結果許可制とし、無許可欠勤は職場秩序を紊乱するということで無断欠勤とし、懲戒の対象とすることで意見が一致し、労働協約、就業規則にその旨規定したものである。具体的には就業規則第二一条第三項に基き、欠勤の具体的理由および期間を明示した所定の欠勤願を所属上長に提出し、所属上長の許可も前記許可基準に基いて厳正に判断して行われるのである。

2 これを本件についてみるに、申請人らは昭和四四年一〇月一八日付同月二〇日から二二日までの欠勤届に「旅行」とか「用事」という理由を記載して所属上長から許可されたが、申請人らは後記(二)で述べるような秩序破壊暴力行為を企図し実行した反戦集団の違法な行動に参加する目的をもつて上京したものであり、その理由は虚偽であり、所属上長をあざむいたものであつて、この三日間の欠勤願は無効である。

さらに、申請人らは一〇月二三日以降の欠勤についても同日付欠勤届を荒川澄等を通じてそれぞれ所属上長に届出たが、これは本人の自筆にしても所定のフオームによらず「不当な権力の弾圧により……」とか、「釈放されるまで欠勤する」とか、欠勤願の形式をととのえておらず、欠勤理由が具体的でなく、欠勤期間も明示されていないので、これらの欠勤届は無効であつて、その後弁護人を通じて届出られた欠勤届もこれと同様である。申請人らの連続欠勤の直接の原因は申請人らが逮捕・勾留されたからであるが、これは申請人らが後記(二)で述べるような違法な集団行動に予め逮捕されることを予期して参加したためであつて、長期欠勤に何ら正当な理由がないばかりか、申請人らのこのような行為は、申請人らが逮捕覚悟の段階で既に就労の意思を放棄し、労働契約を誠実に履行する意思をもつていなかつたことを裏書するものというべきである。

(二) 就業規則第六四条第一項一三号について

1 本号の趣旨は、従業員の犯罪行為・非行は、それが業務上かあるいは私生活の範囲内で行われたかを問わず、一般の社員および通常の社会人の客観評価からして、経営秩序ひいては企業運営に悪影響を及ぼし、または及ぼすおそれがあるという労使双方同一の認識の下に設けられたものであり、従業員は労働契約に基き、私生活上においてもかかる行為を慎しむべき誠実義務があるのである。従つて本号は、既に述べたとおり経営秩序維持という観点から判断されるものであり、所謂警察沙汰となると否とに拘らず、また起訴・不起訴に拘らず、従つて確定判決前においても会社としても主体的能力の範囲内で事実の調査を行い、犯罪事実が確認され、その行為自体が経営秩序の維持と相容れない内容をもつている場合には本号の適用があるのである。

2 申請人らは、現体制の破壊を目ざす過激な政治集団である反戦青年委員会に属するもので、一〇月二一日の東京都内における国際反戦デーの集会に参加するに際し、地下鉄高田馬場駅で下車し、構内で申請人ら反戦集団は隊列を整え集札口を一気に駆けぬけて階段を上つて出口から道路に出るや、同行の荒川澄またはその近くにいた集団の中から、折からデモ規制のため出動していた機動隊員目がけて火炎ビン二・三本が投げられて爆発し、これをきつかけに機動隊が申請人らの集団の違法行為者を逮捕したのである。逮捕当時、申請人亀屋和明は火炎ビン二本を所持し、ヘルメツト、コルセツト、スネアテで武装し、申請人山口利之助、同山口明彦はヘルメツト、タオル、軍手で火炎ビン投てきの準備をしており、申請人らは機動隊粉砕の共同意思をもつて行動を共にし、他の者と暴力行動を共同実行したものである。申請人らのこれらの行為は兇器準備集合罪ならびに暴力行為等処罰に関する法律違反の犯罪に該当し、明らかに本号の刑罰法規牴触行為に該当するものである。

(三) 就業規則第六四条第一項五号について

申請人らが一〇月二一日に東京において犯罪行為を犯して逮捕されたことは、その結果として長期にわたる欠勤により生産秩序を乱し、その行為は秩序を全く否定するのみならず積極的にこれを破壊しようとするものであり、その暴力的性格と相まつて一般従業員に精神的動揺を与えた。さらに一二月二日および一二月一九日の長崎造船所正門前において申請人山口明彦、同山口利之助らが職場内に突入する気勢を示し、また門前に集団をなして従業員の通行を妨げると共に保安業務を混乱させた。以上の行為は一般社員に嫌悪と不安・動揺を与え、職場秩序を紊乱したものであり、本号に該当する。

さらに、その後申請人らは会社が不祥事件発生を慮つて就業を禁止したのに対し、所属上長に就業を強要し、その後も守警の制止を振り切つて門を突破して事業場内に強行入場し、会社を誹謗・中傷したもので、かかる行為もまた本号前段に該当する。

(四) 就業規則第六四条第一項六号について

1 就業規則は従業員に対する日常行為の規範としての意味を有しているので懲戒条項のたて方としては、従業員として不適当と認められる犯罪行為はすべて列挙されるべきであるが、便宜一三号に包括的な規定をおき、従業員が犯しがちな暴行・脅迫・業務妨害等について本号に列挙したものである。従つて、本号は一三号と内容的には重複し、その適用にあたつては一三号と同様所謂警察沙汰になると否とに拘らず、また起訴・不起訴にかかわらず、判決確定前においても会社として主体的能力の及ぶ範囲内で事実の調査を行い、犯罪事実が確認されれば適用し得るのである。またその適用範囲は事業所内の行為に限定されず、会社外および業務外の従業員の行為についても適用されるのは一三号と同様であり、他人とは当社従業員に限定されない。

2 申請人らの一〇月二一日の東京における前記行為は、公務執行妨害の犯罪を構成し、一二月二日、一二月一九日の申請人山口利之助、同山口明彦の長崎造船所正門付近における行為は、会社に対する脅迫であるとともに会社業務を妨害するもので、いずれも本号に該当する。

(五) 同第八号について

1 本号は会社の事業に関する虚偽の報道・宣伝・告知をなしまた信用を毀損する行為を含み、いずれも必ずしも毀損の結果の発生を要件とせず、そのおそれのある行為を行つた場合も含めて適用される。また、会社の信用毀損、名誉毀損を直接の目的とせず、本人の犯罪行為・非行等に起因して間接的に会社の信用を毀損し、名誉を毀損するおそれのある場合にも適用されるのである。

2 申請人らの一〇月二一日の東京における行為は、社会秩序を危殆に瀕せしめる破廉恥な行為であり、世論から激しい非難を浴びており、既に株主から抗議が来たり、商談の話題となり、学校から問い合わせがある等の事実があることは、特に被申請人会社の防衛産業としての性格を考えるとき、会社の信用を失墜させ、今後の取引関係に悪影響を与え、求人業務にも支障を来たす行為である。

また、一二月二日、一二月一九日の申請人山口利之助、同山口明彦らの集団行動および騒乱行動は、長崎市民に対して徒らに迷惑を及ぼすのみならず、市民に向つて会社を誹謗・中傷する行為であり、以上の行為は正に本号に該当する。

(六) 同一五号について

1 本号は懲戒解雇条項の各号に正確には該当しない場合であつても、それらに準ずる程度の特に不都合な行為に対して適用される。これを一三号に関していえば、刑罰法規に定める構成要件に該当するとはいえないが、一般良識人の観念上これに該当する行為と殆んど変らないか又はそれに匹敵するような違法な行為は本号に該当する。

2 申請人らの一〇月二一日の東京における行動は前記(二)のとおり刑罰法規に該当する行為であるが、仮に百歩を譲つて申請人らについて会社が認定した事実が刑罰法規の構成要件に正確には該当しないとしても、刑罰法規牴触行為に準ずる程度の不都合な行為であつて、本号に該当する。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、申請人らの主張第一項の事実、すなわち申請人らの経歴・地位、昭和四四年一〇月二一日東京都内における集会参加、逮捕・勾留による欠勤の事実、就業禁止、懲戒解雇等の処分の存在はいずれも当事者間に争いがない。

二、被保全権利について

申請人らは、本件懲戒解雇処分は無効であり、今なお被申請人会社の従業員たる地位を有する旨主張し、申請人らについて被申請人会社長崎造船所就業規則第六四条第一項に定める懲戒解雇事由の存在を争つているので、以下解雇事由の存否について判断する。

(一)  一号「正当な理由なしに無断欠勤一四日以上に及んだとき」について

1  申請人ら三名が昭和四四年一〇月二〇日から同月二二日までの事故欠勤については同月一八日事前に各所属上長に欠勤届を提出して受理されたことは当事者間に争いがなく、疏甲第七号証の一、二、証人荒川澄、同草野光善、同曾根治、同野田喜義、同金田禎孝の各証言および申請人ら各本人尋問の結果によれば、申請人ら三名は一〇月二三日以降の欠勤については、同月二一日の東京都内での国際反戦デーの集会、デモ参加に際し、当時この種の集会、デモには多数の逮捕者が出ることが予想され、一旦逮捕されると弁護人との接見ができるまでの間欠勤届の手続がとれず、そのようなことで被申請人系列の会社の中にはその間の無届欠勤を理由に従業員を解雇したという事例もみられたため、逮捕に備えてデモの直前に、二三日以降の欠勤届を作成し、これをデモには参加しない同僚の荒川澄に預けておいたこと、その後デモに参加した申請人ら三名はいずれも警備の警察官によつて逮捕されて二三日以降も欠勤を余儀なくされたため、右三名の欠勤届を預かつていた荒川澄は二三日朝申請人らの各所属上長に右各欠勤届を提出したこと、右欠勤届のうち申請人山口明彦についてはこれを所属上長も受領したが、同亀屋和明、同山口利之助については、その欠勤理由が前記集会参加によつて逮捕されたためとなつていたことからこれを受領すれば右理由による欠勤を承認したことになるという理由で所属上長から受領を拒否されたが、結局草野光善によつて当日再び右二名の欠勤届が所属上長に提出されて受領されたこと、その後申請人三名の弁護人となつた弁護士小泉征一郎により前記荒川澄を通じて同年一〇月末頃申請人らの欠勤届が重ねて各所属上長に提出され、申請人山口明彦の分は受領され、受領を拒否された申請人亀屋和明、同山口利之助の欠勤届については同年一一月四日所属上長に内容証明郵便で郵送されたこと、被申請人会社としては申請人らのこれらの欠勤届に対し、一〇月二〇日から二二日までの欠勤については欠勤の理由が虚偽であつたこと、二三日以降の欠勤に対しては違法なデモに参加したことによるものとして、いずれも申請人山口利之助、同山口明彦が出勤した一一月一五日以後に同人らから事情を聴取した後「不許可」と決定し、一二月一五日に右両名に対してその旨通告したこと、が認められる。

ところで懲戒解雇事由を定めた本号にいう「無断欠勤」とは左記2の理由から「無届欠勤」のみを意味すると解するのが相当であり、右認定事実によれば、申請人らは事故欠勤手続を定めた被申請人会社長崎造船所従業員就業規則第二一条第三項(疏甲第二二号証但し同項本文の「認可」の点については争いがある)に従い、一〇月二〇日から同月二二日までの欠勤については事前に届出て各所属上長の認可(または許可)を得、同月二三日以降の欠勤については同日すみやかに各所属上長に届出ており、申請人らについて本号に該当する事実は存しない。

2  被申請人は、本号の「無断欠勤」の中には「無届欠勤」のみならず「無許可欠勤」も含まれると主張し、その根拠として就業規則第二一条第三項に事故欠勤については所属上長の「許可」を要するとなつていること(疏乙第一号証の一)、同細部取扱第八項に「無届欠勤および無許可欠勤は無断欠勤とする。」とあること(疏乙第三号証の二)、を掲げている。

しかしながら、右従業員就業規則細部取扱なるものは、疏乙第一号証の一の就業規則と対比してみても、就業規則の委任によつて就業規則の規定を具体化するため細部の条項を定めるという形式がとられているわけではなく、証人加藤光一の証言によつても、右細部取扱については、労働基準監督署に就業規則として届出がなされているわけでも、従業員一般に印刷物として配付する等の方法で周知の方法がとられているわけでもないことが窺われるから、その第八項の規定は、就業規則ないしこれに準ずるものとして、被申請人会社と従業員との間の労働契約に関し法律上の効力をもつものということはできない。証人加藤光一、同曾根治、同野田喜義、同富永勝彦、同金田禎孝は、無許可の欠勤が懲戒処分に関して無断欠勤に該当するものとする取扱は従前から被申請人会社において確立された慣行であるかのように証言し、疏乙第三三号証にもこれを裏付けるような記載が存するけれども、これらの資料は次に掲げる疏明にてらし、にわかに採用することができない。

却つて、被申請人提出の疏乙第一八、一九、二〇号証の各一(申請人らの諸届カード)、同第三九号証(その体裁内容から従業員に配付された被申請人会社の休暇・欠勤の手続の説明書であることが窺われる。)によると、被申請人会社においては、就業規則上年次有給休暇その他の休暇や病気欠勤等については届出を要し、それ以外の個人的な都合による欠勤については所属上長の許可を要するとの立前がとられているとはいうものの、右届出と許可の手続を区別せず、諸届カードと称するカードにその都度事前又は事後可能なかぎり速やかな時期に自身休む日と休む事由を記入捺印して事務担当者に差出すか、事務担当者に電話その他適宜の方法で連絡し事務担当者にその代書代印して貰えば足りる、という事務取扱が定められていて、従業員個人の都合によるいわゆる事故欠勤に関して許否を決する方法やその告知の手続に関する説明はなく、諸届カード上にも格別その許否を記載する欄は設けられていないこと、が明らかである。そして成立に争いのない乙第一四号証、証人荒川澄、同草野光善の証言及び申請人各本人の供述によると、休暇・欠勤の実際の手続が以上のとおりであつたところから、少くとも従業員ないし労働組合の側においては所属上長の特別の許可がないかぎり事故欠勤はできないという意識はなく、従来年次有給休暇についても事故欠勤についても会社にこれを拒否するだけの特段の事情がないかぎり諸届カードの提出という同じ手続により同じように承認されて来たのが実情であつて、被申請人会社長崎造船所において懲戒処分に関して無届欠勤とは別に無許可欠勤というようなことが問題にされた事例はかつてないこと、を窺うに足りる。

そればかりでなく事の実質からみても、労働者に対して重大な影響をもたらす懲戒事由の解釈適用については、単にこれを定めた就業規則等の関係条項の文理解釈にとどまるのではなく、使用者の制裁権の根拠ならびにその限界、労働契約によつて成立する労働関係の特質および懲戒事由についての従来の運用の実態などから慎重かつ合理的になされるべきである。そこでこれを本号の解釈についてみるに、まず近代的労働関係の基本的特質は平等な人格者相互の自由な契約によつて労務の提供と賃金の支払が交換関係に立つているということであつて、このような関係において欠勤は労務の不提供を意味し、これに対する直接の効果は賃金の不支給等債務不履行上の効果であつて欠勤が直ちに懲戒の対象となることはない(むしろ平等当事者間の自由な契約という面のみを強調するなら私的制裁を禁じた近代法の原理から使用者の制裁権一般が否定されることになる)。ところが他面労働関係において使用者は労働契約の履行過程である就業に関し労働者を指揮命令することによつて労働者を有効適切に職場に配置して生産活動の維持向上をはかり、労働者の安全円滑な就業を確保することができるのであつて、使用者と労働者との間にこのような意味で指揮命令と服従の関係があることが雇傭契約である労働契約の特色であり、同じ労務供給契約の中の請負契約、委任契約と異るところである。従つて使用者は右のような趣旨で指揮命令権を有し、これに反する者に対してはそれに相当する制裁を加えることができるのであつて、本来は債務不履行の効果しかともなわない欠勤も、生産秩序・職場秩序を乱すような場合は制裁の対象となり得るといえる。この典型的な例が無届欠勤であり、使用者は、このような事前または事後、遅滞のない届出がなされずに欠勤がなされると、欠勤した者についての補充その他の労働力の配置変更等の処置が速やかにとれず、日常の生産活動に支障をきたす場合もあることは十分考えられる。従つて、就業規則においてこれら無届欠勤を懲戒事由と定め、それが連続して長期にわたりもはや正常な労働関係を継続し難い程度になつた場合を最も重い制裁すなわち懲戒解雇の事由とするのは、右の趣旨から十分肯定されるのである。ところが、被申請人の主張する不許可欠勤、すなわち欠勤につき所定の届出はしたが欠勤理由につき正当な理由なしとして許可されない欠勤については、これによつて生産活動への支障がないとはいえないが、一応届出がなされているのであるから無届欠勤の場合と異り、使用者は欠勤者についての補充変更を行うことによつて生産活動への支障をある程度防ぐことができるとともに、本来使用者が損害を蒙るのは欠勤自体であつて、欠勤の事由に正当な理由があるか否かによつてその程度に決定的な(懲戒解雇に値するような)差異は存しないというべきである。従つて、欠勤理由につき許可があつたか否かによつて懲戒事由の有無を決定するなら、使用者の前記指揮命令権および制裁権の合理的な範囲を逸脱する可能性があり、さらには許可・不許可につき合理的基準がなければその運用において濫用の危険性がある。

それゆえ、就業規則に事故欠勤には所属上長の許可が必要である旨の定めがあるからといつて、それだけの理由では、会社が不許可とした事故欠勤が当然に就業規則の懲戒規定にいう「無断欠勤」にあたると解することは困難というほかなく、且つまた会社が就業規則によらずに一方的にそのような解釈運用規程をつくつたからといつてそれが有権的解釈として従業員を拘束する効力をもつものではないというべきである。

このように解しても、従業員が信義に反する恣意的な欠勤を反覆又は継続し、会社の生産活動ないし企業秩序を害するときには、会社は従業員就業規則(疏乙第一号証の一)第六四条第二号「出勤常ならず又は業務に著しく不熱心なとき」に該当するものとして懲戒解雇をもつて臨むことができるのであつて、被申請人会社の懲戒権の範囲を不当に制限することにはならない。

これを要するに、就業規則第二一条第三項の許可(あるいは認可)は、本来は賃金の不支給をともなうべき事故欠勤について、就業規則一三条による無事故扱いや従業員賃金規則第九条第三項但書の本給控除容赦期間の特典(いずれも疏乙第一号証の一)が得られる点に意味があるにすぎないと解すべきである。

(二)  一三号「刑罰法規に定める違法な行為を犯したとき」について

1  その態様から真正に成立したと認められる疏乙第一七号証の一乃至一七、同号証の一八の一、二、同号証の一九乃至三一によれば、昭和四四年一〇月二一日の国際反戦デーには安保廃棄、沖繩の即時無条件返還、佐藤首相訪米反対、ベトナム侵略反対等をスローガンに反安保陣営から全国各地で一斉に大規模な集会、デモなどが行われることが以前から予想され、ことに反日共系学生による実力闘争はますます過激の度を加え、同年四月二八日沖繩デー以上の混乱が予想されていて、当日午後東京都内では、社会・共産両党ならびに総評の集会、デモは混乱なく行われたが、右一部過激派学生は、新宿、池袋を中心に高田馬場、飯田橋付近で火炎ビン、角材、鉄パイプ等による機動隊襲撃をくり返し、多数の負傷者、逮捕者を出したことが認められる。成立に争いのない疏乙第一一、一二号証、第一三号証の一、証人荒川澄、同草野光喜の証言および申請人らの各本人尋問の結果によれば、申請人ら三名はこの一〇月二一日東京都内における集会に参加するために上京し、当日午後四時四〇分頃地下鉄高田馬場駅構内から仲間の反戦青年委員会の四、五〇名の者と隊列を組んで道路に出たところを警備の警察官にいずれも公務執行妨害・兇器準備集合の各罪名で現行犯逮捕され引き続き勾留されたが、申請人山口利之助、同山口明彦については昭和四四年一一月一二日付で起訴猶予となり、同亀屋和明については同月一三日付をもつて東京地方裁判所に対し兇器準備集合罪で公判請求がなされたとの事実が認められる。

しかし本号の趣旨が、文字どおり刑罰法規抵触行為一般を懲戒解雇事由としたものと解すべきでないことは前記(一)で述べた制裁権の根拠ならびに限界からも自ら明らかである。刑罰法規抵触行為が懲戒事由となるのはその行為によつて具体的に会社の信用・名誉等の利益または職場秩序を侵害した場合に限られるのであつて、使用者は労働者の単なる一般私生活上の触法行為についてまで制裁の対象とすることはできないというべきである。また右犯罪行為の認定については必ずしも有罪の確定判決を要するものではないが、いやしくも従業員の生活の基礎をおびやかす懲戒解雇事由の認定にあたつては、本人の自白その他明白かつ客観的な資料の存在が必要である。

そこで、これを本件についてみるに、申請人ら三名は前記認定のとおり現行犯逮捕されてはいるものの、個々人の行為の識別が必ずしも容易でない集団的な混乱状態の中でのことであり、申請人らはいずれもその犯罪事実を認めてはいないこと、特に申請人亀屋和明については起訴事実について強く否定しているにもかかわらず、被申請人会社は本人からの事情聴取すら行つていないこと、が前掲各証言及び供述によつて明らかであり、一方、被申請人会社が犯罪行為認定の資料としているのは捜査当局からの申請人三名に関する起訴又は起訴猶予の処分結果ならびにその被疑事実・罪名の通知だけであることが弁論の全趣旨により肯定されるから、果して申請人らに懲戒解雇事由の存在を認め得るかどうかは、懲戒手続適正の見地から疑問があるといわなければならない。そればかりでなく、仮にそのような事実が肯定されるにしても、申請人山口利之助、同山口明彦については、その行為は起訴猶予処分を受ける程度のものであり、申請人らの行為はいずれも職場から遠く離れたところのものであつて、単なる一従業員にすぎない申請人らの行為によつて大企業である被申請人会社の信用その他の利益が侵害され、同長崎造船所の生産秩序ないしは職場規律が著しく乱されたとの事実は、全疏明資料によつても肯定することができない。結局申請人らについて本号に該当する行為ありとは認められない。

(三)  その他の懲戒解雇事由について

1  五号「正当な理由なしに業務命令もしくは上長の指示に反抗しまたは職場の秩序を乱したとき」について

申請人らが一〇月二一日の国際反戦デーの集会に参加して逮捕・勾留されたことが職場の秩序を乱したことにはならないことは前記(二)のとおりであり、その後の長期欠勤も懲戒解雇に値するほど職場の秩序を乱したと認むべき疏明はない。証人福田良彦の証言および申請人山口利之助、同山口明彦の各本人尋問の結果によれば昭和四四年一二月二日および同月一九日の長崎造船所正門前における申請人両名を含む長崎反戦青年委員会による集会が行われ、一二月二日の集会は当時勾留中であつた申請人亀屋和明に対する懲戒解雇をしないよう会社側に要求することがその目的であつたこと、同月一九日の集会は申請人両名に対し既に就業が禁止され両名に対する懲戒解雇の提案がなされていたため、これに対する会社側への抗議が目的であつたことが認められる。

そして右資料によれば、二つの集会においてある程度従業員の通行が妨げられたり、就業禁止後申請人両名が所属上長に対し就業を要求するにつき、ある程度長時間強い語調で迫る等の挙に出たことが肯定されないではないが、これらの行為については当時申請人らの置かれた状況上已むを得ない面もあつて、これをもつて直ちに解雇に値する程の違反行為にあたるとすることはできない。

2  六号「他人に暴行を加え、またはその業務を妨げたとき」について

本号は特にこのような行為が事業場内において行われることによつて職場規律を乱す場合を規定したものと解すべきであつて、職場外での犯罪行為については一三号をもつて論ずべきである。従つて、申請人らの一〇月二一日の行動は本号の問題ではなく、一二月二日、同月一九日の集会の件もこれと同様に解される。申請人らが職場内において暴行・脅迫・業務妨害等の行為に出でたことを認めるに足る疏明はない。

3  八号「会社の事業に関する虚偽の報道その他会社の信用を傷つけ、または会社の名誉を毀損する行為をしたとき」について

本件全疏明資料によるも、申請人らの一〇月二一日の行動、申請人山口利之助、同山口明彦の一二月二日、同月一九日の集会における行動によつて特に被申請人会社の信用を失墜させ、その他名誉を毀損したとは認められない。

4  同第一五号「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつたとき」について

懲戒処分についても罪刑法定主義と同一の原則が貫かれるべきであるので、前各号に該当しないものを本号によつてゆるやかに解して懲戒事由を拡張することは許されない。被申請人は要するに一三号に該当しないとされた申請人らの一〇月二一日の行動につき本号を適用しようとするものであり、右のような理由からこれは許されない。本号は、前各号によつて網羅されない、しかし同程度に生産秩序を侵害し、職場規則を乱す行為について規定したものと解すべきであつて、本件においては、かかる事由についての具体的な主張も疏明もない。

(四)  そうすると、申請人らに対する被申請人会社の懲戒免職事由については結局すべてその疏明がなく、従つて本件懲戒免職処分及び就業禁止処分が無効であり、申請人らが引続き被申請人会社長崎造船所の従業員たる地位を保有するものであるとの点はその疏明があるとしなければならない。

三、仮処分の必要性

申請人ら各本人尋問の結果によれば、申請人らは被申請人会社から受ける賃金のみによつて生活を維持していたものであり、申請人亀屋和明は解雇当時一カ月平均三五、三五〇円の賃金の支給を受け、妻と子供一人および妻の母親の四人暮しであつたが、解雇後は妻の収入と自己のアルバイトで辛うじてその生活を維持していること、申請人山口利之助は解雇当時一カ月平均四三、二二五円の賃金の支給を受け、老令の父母との三人暮しで父母を扶養していたが、解雇後は収入の途を閉ざされて生活に困窮していること、申請人山口明彦は解雇当時一カ月平均五〇、六七五円の賃金の支給を受け、独身ではあつたが、解雇後は友人からの借金などで生活をつないでいること、が認められる。右事実によれば、申請人らが当庁に提起している被申請人を相手方とする雇傭関係存在確認等請求事件の本案判決確定までなお相当長期間を要することが予想される現在、申請人らの地位を仮に定める必要性があるものというべく、未払賃金の仮払を求める部分については、申請人亀屋和明については昭和四五年一月一日から昭和四七年一月末日まで月額三五、〇〇〇円の合計八七五、〇〇〇円、申請人山口利之助については就業を禁止された昭和四四年一二月一六日から昭和四七年一月末日まで月額四三、〇〇〇円の合計一、〇九六、五〇〇円、申請人山口明彦については同様就業を禁止された昭和四四年一二月一六日から昭和四七年一月末日まで月額五〇、〇〇〇円の合計一、二七五、〇〇〇円の範囲内で仮処分による仮払の必要性を認めるのが相当である。そして賃金仮払の必要性は本判決ののちにも継続するものというべきであつて、申請人らの地位の保全を宣言した本判決後は、被申請人会社は申請人らが現実に就労しまたはその提供を続けるかぎり、申請人らに対し就業規則その他賃金支払に関する諸規定に従つて定まる賃金を所定の日にそれぞれ任意に支払わなければならない。

なお申請人山口利之助、同山口明彦は、被申請人会社が同申請人らに対し昭和四四年一一月一五日から同年一二月一五日までの間時間外労働を不法に禁止されたため、同期間中に支払を得べかりし賃金相当額の損害を蒙つたとして、その仮払の仮処分をも求めているけれども、その金額にてらして本案判決以前にその仮払を受ける緊急の必要性はこれを肯定しがたいので、被保全権利の存否を検討するまでもなく、この部分の申請はこれを許容することができない。

四、結論

よつて、申請人らの本件申請はいずれも主文第一、二、三項の限度で理由があるので、申請人らに保証を立てしめずにこれを認容し、その余の部分は理由がないものとしてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫 塚田武司 大石一宣)

(別表省略)

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